華麗な彼女
「ご注文はお決まりですか?」
そう言って初めて伝票から目を外し、お客さんに顔を向けた。
するとそこにはびっくりするくらい華麗な彼女がひとりで座っていた。
「あ、はい...えと、唐揚げ定食で。」
僕は、一瞬で恋に落ちた。
こんなに汚い定食屋にあんなにも華麗な彼女が来るなんて。そして、なんの躊躇いもなくハイカロリーを注文したそのギャップに電撃が走った。
自分でもこの時、どれほど不自然な"間"をつくってしまったのかは覚えていない。
「あのー...?」と促され、初めて自分の時間が止まっていたことに気づく。怪訝な顔もまたなんて綺麗なんだと思わず言いそうになる。
不自然な間を誤魔化すように僕は大声を出す
「唐揚げ定食入りましたー!」
店長が今日作る唐揚げ定食が世界で1番美味しくあれ!
そう神に祈った。
どうやら口に合っていたらしく、満足そうな顔をしている。
「ごちそうさま」
そう言って彼女は帰っていった。
それから彼女は時折店に訪れるようになった。
いつも通り彼女は唐揚げ定食を頼み、気持ちよくご飯をかきこむ
今日もいい日だ...なんて見とれていると、彼女と目が合ってしまった。
必死に目を逸らし、汚れてもいないテーブルを勢いよく拭く
「あの...すいません...」
「はい...?」
こんなにも人生を諦めた瞬間はない。
「どうしてここのお米はこんなにもおいしいんですか?」
鳩が豆鉄砲を食ったような時間が流れる。
でも、僕にとっては千載一遇のチャンスがやってきた。
マリオカートでいえばスターを取ってお馴染みの曲が流れるこの瞬間。この時を使わない手はない。
耳にタコができるくらい店長から聞かされた米の話がこんなところで役に立つとは思ってもみなかった。
「ここでは、青森県のブランド米『青天の霹靂』を使ってます。
定食屋の命とも言える米には、どうしてもいい米を使いたいんだって店長が言ってました。
『青天の霹靂』は粒がやや大きめのしっかりした米で、ほどよいツヤと、やわらかな白さ。
炊き上がりからしばらく保温していても、つぶれることのない適度なかたさがあるんです。
食べごたえがあって、しかも、重すぎない。粘りとキレのバランスがいい。"さっぱり"と上品な甘みの残る味わいなんです。」
なんとも言えない沈黙の時間が流れた後、呟くように「そうなんだ...」と言い、茶碗を見つめ、また一口頰ばり、霹靂を噛み締める彼女。
「ごちそうさま」
今日も美味しそうに食べて帰っていった。
雪と雨が交互に降り続くとても寒い夜
暖簾を終おうとした時、彼女が現れた。
「まだ...やってますか...?」
心なしか涙目のような彼女を放ってはおけなかった僕は「いらっしゃいませ」と満面の笑みで迎え入れた。
「すいません、今日はもうこれしかなくて...」
置かれた"それ"を見つめる彼女
沈黙に耐えきれず、話しかける僕
「嫌い...でしたか...?」
スプーンを手に取り、一口食べる彼女
すると、堰を切ったように泣き出してしまった。
嗚咽混じりに泣きじゃくる彼女。
どうしたらいいか分からず気持ちばかりが焦る僕。
無言の時間が流れる
しばらくして、落ち着いたのかボソッと呟いた
「...おいしい。"これ"と食べると、"さっぱり"がよくわかる...」
そういうとまた、ただひたすらに黙って食べ続けた。
鼻水をすする音と、スプーンと皿が擦れる音だけが店内に広がる。
何があったのか聞く勇気もなく、僕はただ見守ることしかできなかった。
「...ごちそうさまでした。」
なにかが吹っ切れたような顔で彼女は言い、それ以来、店に来ることはなかった。
なにを食べようか迷ってるお客さんを見ると、僕から提案するようにしている。
「うちは米に自信があります。青森県の皆さんが一生懸命作ってくれた、『青天の霹靂』を使ってます。このお米をちゃんと味わって欲しいんです。」
だから、
「カレーにしませんか。」
※この話はフィクションです。
(加藤隊員)